イジンデン コラム 第4廻

偉人・紫式部とは

①イントロダクション

紫式部。「世界最古の長編小説」とも呼ばれる『源氏物語』を著したこの女性は、日本史上もっとも有名な人物のひとりと言ってもよいだろう。しかし、平安時代の宮廷貴族たちの織りなす王朝文化を体現した彼女の生涯は、『源氏物語』の世界的知名度に比べると必ずしも高いとは言いがたい。今回はそうした知られざる「偉人」の生涯を追ってみることにしよう。

②紫式部の家族と生い立ち

まずその出生年は諸説あるが、天禄元年(970年)~天延元年(973年)と推定され、藤原為時(父)と藤原為信の娘(母)のもとに生まれた。両親はともに藤原氏北家嫡流の冬嗣の一門であり、父・為時は文章生(大学寮で紀伝道を学んだ学生)出身の学者だった。京で生まれ育った紫式部は、幼い頃に母と姉を亡くす不幸に見舞われたが、漢籍に通じるなど高い学識を身に着けていった。

ちなみに「紫式部」というのは後世の呼称であり、当時は「藤式部」と呼ばれたと推定されている。もちろん、本名(諱)も不明である。

③越前下向と紫式部の結婚生活

長徳2年(996年)、来着した宋人の対応のために越前守に任じられた為時は任国の越前(現在の福井県)に下向する。紫式部も父に同行したが、下向の旅路も越前滞在の日々も彼女にはかなり堪えたようであり、京の都を想うばかりだった。そんな折、藤原宣孝の求婚の書状が届く。結婚を決心した彼女は単身上京し、長徳4年に結婚することになる。

結婚した宣孝は放埓な性格でもあったが、有能な官人と言われ、雅な一面を持っていた。そんな宣孝との結婚生活は長保元年(999年)に娘・賢子の誕生に恵まれるなど、そのまま順調に行くかと思われたが、長保三年に宣孝が急死したことで突然の幕切れを迎える。

④『源氏物語』と中宮彰子への出仕

突如寡婦となった紫式部は、いよいよ『源氏物語』の執筆を始める。これについては、当時の一条天皇に物語を見せ、それを中宮・彰子(藤原道長の娘)の寵愛につなげようとする藤原道長の企図があったと言われ、彼の依頼によって書きはじめられたものだとされている。

寛弘3年(1006年)頃になると、彼女は彰子のもとに出仕するようになる。『源氏物語』を執筆しながら慣れない彰子の後宮勤務を続けていたが、引っ込み思案で内省的な性格であり、宮仕えへの嫌悪感もあったため、居場所のないところだと感じていたようである。

⑤その後の紫式部

寛弘5年(1007年)、ついに懐妊した彰子は後の後一条天皇を産む。翌年には後の後朱雀天皇にも恵まれた。紫式部は道長の依頼を受けて『紫式部日記』を執筆し、彰子に同行した。寛弘7年には『紫式部日記』も終わり、『源氏物語』もこの頃までには完成していただろう。

だが、彼女の職務はこれで終わらない。一条の跡を継いだ三条天皇と道長の確執のなかで、皇太后となった彰子の政治的役割が増大し、三条に重用された藤原実資(『小右記』の執筆で知られる人物)と彰子との取り次ぎ役を務めることになったのである。どの程度継続したかは不明だが、約20年以上続いたことは確実である。宮仕えはその後も続いていたことになる。

これ以降の彼女については、その消息を伝えるものが少なく、どの程度存命だったのかはわからない。当時盛んだった浄土信仰へ傾倒していた彼女のことだから、来世の救済を願いながら亡くなったものだろうか。いずれにせよ死に際を窺い知る史料はない。

⑥紫式部とその時代

紫式部は「無官で貧しい学者の娘」(倉本一宏氏)だった。そんな彼女を宮廷に引き上げ、歴史にその名を残す名作(『源氏物語』)の執筆へと導いたのは藤原道長だった。もちろん、彼女の高い学識がなければ『源氏物語』は不可能だったし、日本文学史・世界文学史における彼女の地位は揺るがない。だが、それを後押しした彼の役割はやはり無視できない。

紫式部の生きた時代は『源氏物語』『枕草子』などの王朝文学のイメージが先行しがちだが、そうしたイメージは当時の貴族社会の一面に過ぎない。道長が一条天皇の寵愛を確保するために『源氏物語』執筆を依頼したように、『源氏物語』もその作者たる彼女も、当時の摂関政治という天皇との外戚関係(ミウチ関係)を不可欠とする政治のあり方と無縁ではなかった。また、唐風・和風双方の要素を含みながら展開した「国風文化」も重要な要素である。

そして、摂政・関白・内覧のような天皇の政務を代行・補佐するシステムに依拠した摂関政治の確立は、朝廷支配を安定化させ、天皇や貴族を経済的により豊かにし、華やかな宮廷文化を生んだ。摂関政治の最盛期を築いた道長の時代に『源氏物語』が生まれたのも偶然ではない。

「偉人」紫式部を生み、また紫式部を「偉人」たらしめたのは、紫式部と藤原道長のみならず、かれらを取りまく時代そのものによるものだっただろう。2024年放送予定の大河ドラマ「光る君へ」の主人公に選ばれた彼女だが、彼女だけではなく彼女の生きた「知られざる」時代にも焦点が当たることを願いたい。

参考文献
今井源衛「紫式部」(『国史大辞典』)
大津透『道長と宮廷社会』(講談社学術文庫、2009年)
佐藤信編『古代史講義』(ちくま新書、2018年)
倉本一宏『増補版 藤原道長の権力と欲望』(文春新書、2023年)
倉本一宏『紫式部と藤原道長』(講談社現代新書、2023年)

文・早稲田歴史文化研究会

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